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『でも、ふりかえれば甘ったるく』をふりかえれば甘ったるく? ー西平麻依

#3 花びらを集めるように

2018年3月、カメラマン・芸術家・ライター・編集・浪人生など、さまざまなバックボーンをもつ女性10名によるエッセイ・随筆集『でも、ふりかえれば甘ったるく』が、CGプロダクション「シネボーイ」の出版レーベル「PAPER PAPER」から発売された。20代を中心とする著者9名とイラストレーター1名が、それぞれの「幸せ」について自分らしく想いを綴る。彼女たちのこれまでとこれからに紡ぎ出される、それぞれかたちも大きさも肌触りもちがう「幸せ」。読んだらきっと、自らの日常にある小さな「幸せ」に気づいてにこやかになる、そんな1冊だ。

今回BAUSでは、『でも、ふりかえれば甘ったるく』のスピンアウト企画として、著者や制作関係者、ゲストを迎え、リレーコラムをお届けする。

去年の夏、株式会社シネボーイの西川タイジさんから「“幸せ”をコンセプトに文章を書いてみませんか」とお話をいただいた。素敵だなと思ったのはこんな言葉だった。

「大切な誰かにプレゼントしたくなるような本を」

なんてロマンティックなんだろう! 私はすぐに書いてみたいと思い、それを伝えた。

秋頃やっと西川さんにお会いすることができた。西川さんは、美術作家の永井宏さんが作られた『ロマンティックに生きようと決めた理由』という本を鞄にしのばせていた。それは私が持っているものとは違う、いちばん最初に発刊されたペーパーバック装丁版の本で、くたっとしていて、角がいい感じに古びていた。きっと、何度も読み返したんだなと思った。

「僕はこの本が好きで」と渋谷の地下喫茶店で煙草をくゆらせる西川さんは、たぶん、ほんのすこしだけ、はにかんでいたと思う。あんがいナイーブな少年なのかな、と思った。

“幸せ”について考えることは、私にとって――いまさらこんなことを言っていいものかどうかわからないけれど――、路地裏の奥に吹きだまりになった花びらや葉っぱをかき集めて、一枚一枚選り分けるような作業だった。あいまいな記憶の底をさまよいながら、でも、きっとここにあるはずだと、足もとでカサコソと鳴る音に耳をすませて歩く数カ月間だった。

じつを言うと、過去に目を凝らしている自分に驚いた。過去は色めきを失ったものたちの堆積ばかりだと思っていたから。それでも、自分の中にあるものしか書けないだろうという気がしていたのは確かだ。どこかで摘んできた完璧な花だけを結わえても、きっとそれはウソの言葉になってしまう。

ポーと発光する夜のカフェで、ポロポロとこぼれるクッキーをかじりながら書き上げた原稿を、「大人になるのは、きっとそれから」という文書名で保存した。
なんだかラブレターを書いたみたいだなと思った。あの頃の私と、私みたいな誰かへ宛てて。

原稿を仕上げてしばらくのち、西川さんから本のタイトルが決まりましたと連絡をいただいた。

『でも、ふりかえれば甘ったるく』。

これ以上ないくらい素敵な、ぴったりと合うタイトルだと思った。一瞬、甘やかな香りにふっと包まれて、なんだか鼻歌をうたいたくなるような気分になった。

ありきたりかもしれないけれど、懸命にいまを生きる私たちに必要なのは、両手で抱きしめることができるくらいの夢だ。
広がり続ける街で暮らす私たちは、とてつもなく大きな夢や幸せが欲しいわけじゃない。人生の最後に手に入れるような大きなものや高価なもの、そんなものはまだいらない。
ふりかえった時、過去の痛みを甘くコーティングするような夢。
もしも私たちが、いつだってそんなささやかな夢を持ち、過去の泥の底から、わずかでも光る種をふたたび掬い上げることができたら、過去は未来に向かってみずみずしく育ち始め、決して枯れることはない。そうやって自分だけの物語を作り直しながら、私たちは何度でも大人になっていけるのだと思う。

『でも、ふりかえれば甘ったるく』につめた言葉たちは、たぶん、そんな感じのこと。

大切にリボンをかけて風船につけて、きれいな風に流れていった私からの手紙が、幸せの一つのかたちとしてナイーブな誰かに届けば、こんなにうれしいことはないな、と思う。

最後に、学生のころアルバイトしていたギャラリーのオーナーの話を。

子どもでも大人でもない自分の存在がぎこちなかったあの頃、大人になるのが怖かった。どの方向へ進んでも誰かに怒られる気がして、どこへも行けなかった。そうやっていつまでもトーチカの中に隠れている私を、異常なくらい甘やかしてくれる大人が一人だけいた。それが、もう90歳になろうとするその老紳士だった。

「焦らずにゆっくりと」
「あなたの断片を集めていけばいい」
「大人になるのは、きっとそれから」

いま私は、あの頃手の届かなかった「私」の断片に指先を伸ばし、ちいさな可愛い花びらを集めるように、自分の物語を、そうっと綴り合わせている。

PROFILE

『でも、ふりかえれば甘ったるく』

カメラマン、芸術家、ライター、編集、浪人生等様々なバックボーンを持つ女性10名のみで制作したオムニバス集。悩みながら、もがきながら、噛み締めながら「今」を生きる。女性9人が自分らしく想いを綴る、それぞれの「幸せ」とは。彼女たちの「これまで」と「これから」をまとめたエッセイ・随筆集。
全国の書店、各種通販サイトにて発売中。

【目次(著者 / タイトル)】
01. 伊藤 紺 / ファミレスのボタン長押しするように甘く
02. 生湯葉 シホ / 永遠には続かない
03. こいぬま めぐみ / 検索結果は見つかりませんでした
04. いつか 床子 / 幸せでない話
05. mao nakazawa / 私の庭
06. 菅原 沙妃 / ここにいていいよ
07. 西平 麻依 / 大人になるのは、きっとそれから
08. 渡邉 ひろ子 / 夜の散歩から
09. エヒラ ナナエ / 愛すべき孤独に
10. ery / カバーデザイン

【Credit】
発行元:株式会社シネボーイ / PAPER PAPER
発売元:日販アイ・ピー・エス株式会社

Produce:西川 タイジ(CINEBOY inc. / PAPER PAPER)
Book Design:近成 カズキ(CINEBOY inc. / PAPER PAPER)

PROFILE

西平麻依

ライター
岡山県生まれ。うお座。O型。2018年3月15日、リトルプレス作品集『アイスクリームならラムレーズン』をしおまち書房から発刊。5月19日、デザインオフィスAdjective.(アジェクティヴ)とコラボレーションしたZINE『ロマンティックはつづく/Romantic Bites.』を発売開始する。ニックネームは「まいも」です。

ZINE『ロマンティックはつづく/Romantic Bites』が、MOUNT ZINE 15 にて発売開始。

トップ挿絵・エヒラナナエ 文・西平麻依 編集・上野なつみ

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