「強い人間なんていない、いるのは強くなろうとする人間と、そうしない人間だけだ」(ジャイアン)
強くなるために、まずはじめにやらなくてはいけないのは、自分の弱さを認めることだ。
この春、ぼくは花粉症になった。去年も、一昨年も、春になると鼻と喉と目のむずかゆさを感じていた。原因不明の体調不良という言葉で自分を誤魔化していた。
もちろん、うすうす感づいてはいた。ただ、認めたくなかったのだ。あれは精神力が弱い人間がなるものだと思い込んでいた。ごめんなさい。
顔面全体のかゆみで仕事で正常な判断ができなくなった今年、初めて「アレグラ」という薬を購入、毎朝一錠服用するようになった。外出するときは「花粉を水に変えるマスク」を常用している。くしゃみは止まらない。それでもだいぶ楽になった。仕事に支障はない。ぼくは、花粉症であることを認めることで、ようやく花粉症を乗り越えることができたのだ。
もうひとつ、認めなくてはいけないことがある。ぼくが経営している会社GOは、正真正銘のブラック企業だ。代表取締役のぼくは、先週の平日はほとんど、25時以降までオフィスで仕事をしていた。経営者であるぼくだけではなく、多くの社員も似たような状況。大手の広告代理店では「働き方改革」が進んでいる中、時代に逆行するとんでもない労働環境。“現代の蟹工船”と言われても仕方ない。ただ、この蟹工船のクルーは、わりと航海を楽しんでいる。明け方まで海賊の歌を歌い続けている。実際社員の一人はプロのラッパーだし。
クリエイティブ蟹工船の船長としては、今の「働き方改革」のムーブメントについて、どこの港を目指すのかを、もっと具体的に考えなくてはいけないと思っている。2年前、博報堂に在籍していた時、業界の盟主である電通が22時に全社強制退社を命じた。そのニュースを聞いたぼくの師匠は「イチローに素振りやめろって言う奴がいるかよ」と吐き捨てた。24時ごろだったと思う。赤坂でぼくたちは缶ビールを片手にゲラゲラ笑いながら、電通との競合プレゼンの打ち合わせをしていた。
働き方改革のムーブメントが、労働時間のみに焦点を当てているとしたらそれは危険なことだと思う。もちろん早く帰りたい人は帰ればいいし、長時間労働を推奨する気もさらさらない。ただ、仕事に没頭していることで救われる夜もあるだろう。どれだけ時間をかけても成し遂げたい仕事もあるだろう。仕事をすればするほど研ぎ澄まされていく、そんな感覚もあるんだ。ぼくはプランニングハイと呼んでいる。
そう言った一人一人の状況、個別の事情を無視して、誰しもが決まった時間に帰らなければいけないと決めつけるルールは、社員を尊重しているようで、実際は組織の事情を優先しているに過ぎない。問題の本質は労働時間の長短ではなく、労働における主体性の有無にある。(その意味で電通の鬼十則はよく読むと「主体性を持って仕事しろよ」ということをハイテンションに書いているだけでとってもいい文章だと思うのだが)
22時ルール施行直後に、電通の若手のクリエイターが「上司が明日までにこの資料を仕上げないと殺すって言うんですけど、総務部長は22時までに帰らないと殺すって言うんですよ、どうすればいいんですかね?」と、泣き笑いで相談してきたことを思い出す。笑えない話は、笑うことでしかやり過ごせない。
「ブラック企業」の反対が、すべてを一律に染め上げる「ホワイト企業」では息苦しい。ホワイトには逃げ場もなければ、解釈の自由もない。働き方改革が目指すのは、一人一人の自由な働き方を許容するカラフル企業であるべきだ。
ホワイトがベースにあった方がいいのはもちろんだけど、地球環境を最優先するグリーンな働き方もいい。きっと彼は書類をコピーしたり、プリントアウトするのには断固反対だろうし、夏でもエアコンを使わないだろう。サーフィンを最優先するブルーな働き方もOKだ。TRUE WETSUITESを経費で買ったっていい。副業でカレー屋さんを経営するイエローな働き方もいいだろう。ランチに社員みんなのカレーを作って欲しい。オフィスがスパイスの匂いになったら困るけど。(弊社のCFOの実話。詳しくはhttps://internetofspice.com/)あるいは、とにかくモテるためだけに仕事していたい、そんなピンクな働き方だっていい。社内恋愛は責任を取る覚悟がある限りは推奨する。
そして仕事を人生の最優先事項と捉えているから、早朝から深夜まで没頭していたいと言うブラックな働き方だって、その人の自由だ。働き方の色は、自分で選べるし、好きな時に色を変えることができる。自ら選んだ色こそが、その人の能力を最大限に発揮できる環境だとぼくは信じている。
「愛するって理解することだからねぇ」……って映画「シェイプオブウォーター」のデルトロ監督は言い切ったわけよ。
経営者は社員一人ひとりをどれだけ理解できるか。そしてその理解をできる限り具体的に会社の働き方に反映する、それが経営者の仕事だ。「ツイッターの批判が怖いから、全員22時に帰らせるようにしたよ!!(現場の状況はよくわからんけど)」と言うのは経営者の怠慢でしかない。働き方をただ変えるのではない。画一的な仕事はAIに任せればいい。一人一人の個性を活かす。多様性が企業の生産性につながる、新しい働き方ってそういうことだと思う。
これから先、大手の広告会社でも副業が解禁になるだろう。独立するクリエイターも増えていく。そんな人たちのために、独立・副業するクリエイター向けのバックオフィスをサポートするBOOSTというサービスを弊社でも始めた。安易に独立を進める訳ではないけれど、クリエイターが自分の得意分野に集中できる環境を整えたい。長い目で見ればそれは、社会をより鮮やかに、豊かにすることだと、僕は無邪気に信じている。独立する前、博報堂にいた時は、外に飛び出すのが不安で仕方がなかった。どんなトラブルがあるかわからなかったから。実際、独立してからの13ヵ月、僕たちは麦わらの海賊団より冒険していた。つまり、めちゃめちゃ楽しかったということだ。
弊社GOもベースはブラックだけど思いっきりカラフルだ。愛妻家のクリエイティブディレクターの砥川は毎週火曜と木曜の17時以降、「Stay home for wife」と共有スケジュールに記入している。ここは絶対に仕事を入れてはいけない。ぼくも毎週木曜の19時以降は「クラブマガ」(イスラエル流の軍隊護身術)のジムに通っている。共同代表の福本は毎日港区で目的不明の会食をしている。彫刻家のワタナベシオリは深夜になると、オフィスで巨大で卑猥な形をしたアートを作っている。多分、うちの会社の仕事とは関係ない。役員のマツウラユキは毎朝オフィスの隣のJETSET DRYBARというサロンでシャンプー/ブローしてから会社に来る。美容費って経費になるんだっけ? ともあれ、こうした一人一人の自由を最大限許容する組織体制が弊社のクリエイティビティの源泉であり、競争力そのものだと、ぼくは信じている。
……というわけで、締め切り間際、この原稿を自宅で書いていたらもう明け方の三時だ。明日は九時半に会社に行かないといけない。くしゃみはまだ止まらない。オフィスで社員の誰かが、ぼくの悪口でも言っているのかもしれない。
PROFILE
三浦崇宏
The Breakthrough Company GO代表取締役 PR/Creative Director 博報堂・TBWA\HAKUHODOを経て2017年独立。『表現を作るのではなく、現象を創るのが仕事』が信条。 日本PR大賞・CampaignASIA Young Achiever of the Year・ カンヌライオンズクリエイティビティフェスティバル 2013 PR部門ブロンズ・2016 ヘルスケアPR部門ゴールド・2017年 プロダクトデザイン部門ブロンズ ACCクリエイティビティフェスティバル2017クリエイティブイノベーション部門グランプリ/総務大臣賞、同インタラクティブ部門ブロンズ