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古市憲寿の「チョコレートとジレンマ。」

#1 仕事と起業

「脱サラ」という言葉がある。文字通り、サラリーマンを辞めて、自分で事業を起こすことだ。この言葉が使われ始めたのは1970年代のこと。その頃、「脱サラ」の代名詞だった職業がある。何か想像できるだろうか。
答えは屋台である。現代の感覚からすれば、とても不思議だ。なぜ不安定な上に大成功も難しそうな屋台業がそんなに注目を浴びていたのか、と。
当時は、単純に起業の選択肢がなかったのだ。パソコンやインターネットの普及するはるか前、個人で仕事を始めようとしたとき、一般人がまず思い浮かべるのが屋台や塾経営などだった。
その頃と比べると、今は信じられないくらい起業がしやすい時代だ。スマホやパソコンが一台あれば、誰でもビジネスが始められてしまう。文章を書くことも(このエッセイもiPhoneで書き始めた)、音楽を作ることも、マンガを描くことも、本当に簡単になった。
そして、世間から「発見」される機会も爆発的に増えた。朝の連続テレビ小説『ひよっこ』のオープニング映像を手がけるミニチュア写真家の田中達也さん、リアルなボディペイントが話題のアーティスト・チョーヒカルさんなどは、SNSからブレイクした人たちだ。
田中さんもインスタで話題になり、仕事の依頼が増えて、本業を辞めたという。この田中さんの「脱サラ」の仕方は、おそらく正解だ。
興味深い研究を紹介しよう。副業で始めたベンチャーのほうが、本業で始めた起業よりも成功率が高いというのだ。たとえばナイキの創業者はビジネスを始めてからしばらくは会計士として活動していたし、グーグルの創業者たちは起業後も学業を続けていた。
なぜ副業で始めた起業のほうが成功率が高いのだろうか。
一つは安心感だろう。「本業がある」と思えるから、副業ではどんどん新しいことに挑戦できる。逆に、退路を断って起業した人は、臆病になって新しいことに怯えてしまうことも多いのだろう。
そして、リスクを取ったところで、ビジネスが本当にうまくいくかなんてわからない。だったら、本業を持ったまま新しいことにチャレンジしたほうが、精神的にも経済的にも安心だ。
日本でもようやく副業を認める企業が増えている。この流れは間違いなく加速していくだろう。
一時期、起業には大きなリスクを犯してまで大富豪を目指すものというイメージがあった。だけど、現在広まりつつあるのは、リスク回避としての起業である。大企業であっても、倒産や大幅な業績悪化がありうる時代だ。一つの仕事だけに自分の人生を預けてしまうのは、あまりにも危険すぎる。
本当に「脱サラ」するかは別として、「自分には何ができるのか」と考えておくことは重要だ。

PROFILE

古市憲寿

1985年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目される。最新刊は、東京が「大都会」ならぬ「大田舎」であることを都バスを使って明らかにした『大田舎・東京』。NHK「ニッポンのジレンマ」MCを務める。好きな食べ物はチョコレート。

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