人は知らなくてもいいことがある。これは僕が人生で最も後悔した話である。
夢のない男がいる。その名もナベサト。以前勤めていた会社の同期入社である。ヒゲヅラの竹野内豊が豆鉄砲をくらったような顔をした爽やかな青年だ。仕事はできて、どんどん出世していくのだが、小さな頃から夢というものを今まで持ったことがないという。何かになりたいと思ったこともなければ、目標もないらしい。夢を持てない人生なんて、どんな人生なんだろうか。
仕事の相談があるということで、ナベサトと数年ぶりに渋谷の居酒屋で再会した。ヒゲはなくなって、ツヤツヤしていた。話を聞くと、ついに彼は部長に手が届くところまできたらしい。夢なんてものがなくても、出世できるものなんだなぁと感心した。
一通り、仕事の話をした後でナベサトがトイレへと席を外した。ふと机を見ると置いたままのナベサトのノートパソコン。断っておくが、決して覗き見したわけではない。デスクトップに「夢」という名前のフォルダをみつけた。フォルダ名に「夢」である。フォルダにそんな名称をつけるやつなんて聞いたことがない。夢を持たない男の「夢」フォルダ。2000年代、自分の好奇心が最もそそられた瞬間である。あなたなら開きますか? 僕は人生において何かを迫られる選択肢が現れたとき、必ず誰も選ばない辛い方を選ぶようにしている。
「夢」フォルダからは、たくさんのおっぱいがでてきた。ありとあらゆる世界中のおっぱいの画像だ。喜んだおっぱい、怒ったおっぱい、哀しいおっぱい、楽しいおっぱい、おっぱいがいっぱい。生きていて、こんなに大量なおっぱいをみたことがない。しかも、ご丁寧に国ごとにフォルダ分けされていて、Googleマップよろしく、世界各国のおっぱいを旅することができるようになっている。
なぜ僕は他人の夢なんかに介入してしまったのだろう。知らなきゃよかった。こんなにも後悔した日はない。人が夢に触れたときに「儚(はかない)」という漢字ができたのかもしれない。ちゃんと謝ろうと思い、僕は口火を切った。
僕 「ナベサト、夢はできたの?」
ナベサト「ん?なんでそんなことを?」
僕 「昔、夢がないのがコンプレックスだったじゃん」
ナベサト「実は‥‥、夢ができたんだ。まだ詳しくは言えないんだけど、今度会社を辞めて、世界一周しようと思ってるんだ‥‥」
僕は絶句した。助平な顔のナベサトは続ける。
ナベサト「ちょっと前に夢を叶えるセミナーに行ってみたんだ。そしたら、自分の夢が見つかってさ。そこで、“ドリーム・デスクトップ術”を教えてもらったんだ。デスクトップに自分の夢を置くだけで叶うんだよ。いまの会社? そうだね、部長になるのは嬉しいんだけど、夢を追いかけてみたくなってさ」
友よ。皆まで言うな。何歳になっても夢があるのは最高じゃないか。マーチン・ルーサー・キング・ジュニアよろしく、夢が人類を導いてきたのは小学校の教科書にだって載っている。“Just do it”だ。“Think Different”だ。“I’m lovin’ it”だ。ヒゲなんてクソ食らえ、ボインに生きる男の夢を誰が止めるものか。道なき道を行き、その一足が道となる。行けばわかるさ。ありがとう。くそったれ。
あれから何年か経った。まだ、ぼくは「夢」フォルダを覗いてしまったことを彼に伝えられずにいる。風の噂によればナベサトは、会社を辞めて、六本木のちょっと怪しいショーパブのオーナーになって成功していると聞く。世界中の女性たちがあれをあれして踊りまくるお店らしい。
夢を叶える方法。それは、デスクトップに夢を置いてみることだ。人間どこでどうなるかなんて誰にもわからない。夢があなたを変え、あなたは誰かを変えることができる。僕はフォルダを見たことは後悔している。でもそれ以上に、彼に夢を叶えるとはどういうことかを教えてもらった気がする。そして、僕は自分のデスクトップにも「夢」フォルダをつくってみた。自分の夢を叶えてみたいと思ったからだ。
緒方貞子、アリス・ウォータース、川久保玲‥‥、会えるわけないんだけど、いつか会って話をしたい人たちの写真画像を「夢」フォルダに保管している。時間があるときにネットサーフィンをしながら集めていたら、いつの間にか100枚程度になっていた。僕の夢は、彼らに会いにいくのを目的にした旅にでることだ。旅の目的地は、人。世界中の土地土地を巡る旅も好きだが、世界中の人人を巡る旅がしたいと思っている。あの人とこんな話をしたいなとか、あの人とは一緒にあれを食べたいなとか、くだらない妄想ばかりだが、何よりもの楽しみだ。
あ、そうだ。トークイベントを企画しました。僕の「夢」フォルダにも入っている、予防医学研究者の石川善樹さんの講演会である。夢のひとつが叶う瞬間である。ドリーム・デスクトップ術、恐るべし。よければ、ちらっと遊びにいらしてください。
(了)
※人名は仮称です。
PROFILE
横石 崇
「TOKYO WORK DESIGN WEEK」発起人・オーガナイザー/&Co.Ltd 代表取締役 1978年大阪生まれ。多摩美術大学芸術学科卒。広告代理店、人材紹介会社の役員を経て、2016年に&Co.Ltd設立。ブランド開発や事業コンサルティング、クリエイティブプロデュースをはじめ、人材教育ワークショップやイベントなど、“場の編集”を手法に様々なプロジェクトを手掛ける。『WIRED』日本版コントリビューターや『六本木未来大学』アフタークラス講師などを務め、著書に「これからの僕らの働き方 〜次世代のスタンダードを創る10人に聞く〜」(早川書房)がある。